「マレーシアに移住して半年以上暮らせば、自動的に日本の非居住者になれる」——移住のご相談で、最もよくうかがう誤解のひとつです。実際には、日本の税務上の居住者・非居住者は滞在日数だけで決まるものではありません。判定の考え方を誤ったまま移住してしまうと、想定と違う課税を受けたり、後から日本の居住者と認定されたりすることがあります。
この記事では、日本の所得税法上の「非居住者になる条件」を、制度の一般的な解説として整理します。個別のケースの最終的な判定は、事実関係によって結論が変わるため、税務署や税理士など日本の税務の専門家にご確認ください。

居住者・非居住者とは ― まず定義から
日本の所得税法では、個人を「居住者」と「非居住者」に区分します。
- 居住者:国内に「住所」を有する、または現在まで引き続いて1年以上「居所」を有する個人
- 非居住者:居住者以外の個人
つまり非居住者になるとは、日本国内に「住所」も「1年以上の居所」もない状態になる、ということです。ここで鍵になるのが「住所」という言葉の意味です。
「183日ルール」は日本の居住者判定の基準ではない
まず、広く信じられている誤解を正しておきます。「1年の半分(183日)以上を海外で過ごせば非居住者になる」という、いわゆる183日ルールは、日本の所得税法上の居住者・非居住者判定の基準ではありません。
国税庁のタックスアンサーでも、外国に1年の半分以上滞在している場合であっても日本の居住者となる場合がある、という趣旨が示されています(外部サイト: 国税庁 No.2875「居住者と非居住者の区分」)。日本の国内法では、住所の判定は滞在日数のみで決まるものではなく、後述する客観的な事実を総合して判断します。
では「183日」という数字はどこから来ているのか。これは主に、租税条約における短期滞在者免税(いわゆる短期出張者の給与課税の取扱い)などの文脈で登場する日数です。居住者判定の基準と混同されやすいため、注意が必要です。
「住所」とは生活の本拠 ― 判定される客観的な事実
日本の税務でいう「住所」とは、住民票の所在地のことではなく、その人の「生活の本拠」を指します。そして生活の本拠がどこにあるかは、本人の意思だけでなく、客観的な事実によって判断されます。
具体的には、次のような事実が総合的に見られます。
- 住居:日本と海外、それぞれにどのような生活の拠点があるか
- 職業:どこで仕事をし、収入を得ているか
- 資産の所在:不動産や事業などの資産がどこにあるか
- 親族の居住状況:配偶者や扶養する家族がどこで暮らしているか
- 国籍などその他の事情
「居所」は、生活の本拠とまではいえないものの、その人が現実に住んでいる場所を指します。海外に住まいがあっても、生活の本拠が日本にあると判断されれば、居住者と扱われることがあります。
職業による推定 ― 施行令が定める考え方
判定の目安として、所得税法施行令(第14条・第15条)には推定の規定が置かれています(外部サイト: e-Gov法令検索「所得税法施行令」)。
海外で暮らすことになった個人が、国外で継続して1年以上居住することを通常必要とする職業に就いている場合には、国内に住所を有しない者(非居住者と扱われる方向)と推定されます。逆に、国内で1年以上の居住を通常必要とする職業に就いていれば、国内に住所を有する者と推定されます。
また、事業や職業のために海外へ住むことになった人は、契約などによってあらかじめ在留期間が1年未満であることが明らかな場合を除き、この「1年以上」の推定に該当するものとして扱われます。海外赴任や海外での事業開始が、判定において重要な要素になるのはこのためです。
なお、これはあくまで「推定」であり、実態が異なれば結論も変わります。形式だけを整えても、生活の実態が日本にあると判断されれば居住者と扱われる可能性があります。

住民票の転出届は「出発点」であって決め手ではない
海外へ移住する際、市区町村へ転出届を出し、住民票を抜くことがあります。これは行政手続きとして必要な場面が多いものですが、転出届を出したこと自体が税務上の非居住者を確定させるわけではありません。
税務上の判定はあくまで生活の本拠がどこにあるかで見られるため、住民票を抜いていても実態が日本にあれば居住者と扱われることも、その逆もあり得ます。住民票の異動は、非居住者となるための一つの事実にはなりますが、それだけで完結するものではない、と理解しておくのが安全です。
非居住者になると課税の範囲が変わる
居住者と非居住者では、日本で課税される所得の範囲が異なります。ごく大まかにいえば、居住者は原則として国内外のすべての所得が対象となるのに対し、非居住者は日本国内で生じた一定の所得(国内源泉所得)が課税の対象となります。居住者・非居住者それぞれで課税される所得の範囲は、国税庁のタックスアンサーに一覧で整理されています(外部サイト: 国税庁 No.2010「納税義務者となる個人」)。
このため、日本国内に不動産の賃貸収入や事業がある場合などは、非居住者になった後も日本で申告や納税が必要になることがあります。「非居住者になれば日本に一切納税しなくてよい」というわけではない点に注意してください。具体的な課税関係は所得の種類や租税条約によって変わるため、個別には専門家への確認をおすすめします。
よくある質問
Q. 1年の半分以上マレーシアにいれば、日本の非居住者になれますか?
滞在日数だけでは決まりません。日本の判定は「生活の本拠(住所)」がどこにあるかを、住居・職業・資産・家族の状況などから総合的に見ます。日数はあくまで判断材料の一つです。
Q. 住民票を抜けば非居住者になりますか?
住民票の異動は一つの事実にはなりますが、それだけで税務上の非居住者が確定するわけではありません。生活の実態が重視されます。
Q. 家族を日本に残して単身で移住した場合はどうなりますか?
配偶者や扶養家族が日本で暮らしている状況は、生活の本拠が日本にあると判断される方向に働きうる事情の一つです。家族の居住状況は判定で重視されやすいため、事前の設計が大切です。
Q. 非居住者になれば日本での確定申告は不要ですか?
日本国内に源泉のある所得(不動産の賃貸収入など)があれば、非居住者でも申告・納税が必要になる場合があります。所得の種類ごとに取扱いが異なります。
Q. 判定に迷う場合、誰に相談すればよいですか?
最終的な居住者・非居住者の判定は事実関係によって結論が変わるため、税務署または日本の税理士へご確認ください。マレーシア側の会計・税務や移住後の生活設計については、当事務所でもご相談を承っています。
まとめ ― 判定は「事実の積み上げ」。移住前の設計が要
非居住者になる条件は、183日という日数ではなく、「生活の本拠を日本の外へ移せているか」という事実の積み上げで判断されます。住まい・仕事・資産・家族——これらが海外へ移っている実態があってはじめて、非居住者としての扱いが安定します。
だからこそ、移住は「行ってから考える」よりも、出発前に生活と資産の設計を整えておくことが差につながります。私たちIYOU会計事務所は、積み上げた100名を超えるマレーシア移住サポートの経験をもとに、マレーシア側の会計・税務から移住の全体設計、現地の資産・遺言の準備までをワンストップでご支援しています。日本側の個別の税務判断は日本の税理士に委ね、私たちはマレーシア側の会計・税務と移住後の生活設計を担う形で、移住後も無理なく続けられる設計をご一緒します。ご相談はお問い合わせフォームから承っています。
参考(一次情報)
- 国税庁 タックスアンサー No.2875「居住者と非居住者の区分」
- 国税庁 タックスアンサー No.2012「居住者・非居住者の判定(複数の滞在地がある人の場合)」
- 国税庁 タックスアンサー No.2010「納税義務者となる個人」
- e-Gov法令検索「所得税法施行令」(第14条・第15条 住所の推定)
※本記事は2026年7月時点の公表情報に基づく一般的な制度解説であり、個別の税務助言ではありません。
