マレーシアで法人(Sdn. Bhd.)を設立した多くの方が、最初に「なぜ必要なのか」と首をかしげる存在が、Company Secretary(会社秘書役)です。
日本語に直訳すると「秘書」となりますが、日本でイメージするような事務補助スタッフとはまったく異なります。マレーシアにおけるCompany Secretaryは、法律によって設置が義務付けられた法定役員であり、会社の法令遵守を担う専門職です。
「設立の際に名前が出てきたけれど、実際に何をしているのかよくわからない」という声は珍しくありません。しかし、この存在を軽く見ていると、知らないうちにコンプライアンス違反のリスクを抱えることになります。本コラムでは、Company Secretaryの本質的な役割と、日本人経営者が知っておくべき実務上のポイントを整理します。
Company Secretaryは「オプション」ではない
まず最初に押さえておくべき点は、Company Secretaryは任意で置くものではないという事実です。
マレーシアの会社法(Companies Act 2016)は、すべてのSdn. Bhd.(非公開有限責任会社)に対して、少なくとも1名のCompany Secretaryを常時選任していることを義務付けています。これは会社設立後30日以内に行わなければならず、その後も常に空席であってはなりません。
日本では、会社に秘書がいるかどうかは規模や経営者の判断によって異なります。しかしマレーシアでは、それは選択肢ではなく、法定要件です。会社が存続する限り、Company Secretaryは常に会社に紐づいている必要があります。
この制度の背景にあるのは、SSM(Suruhanjaya Syarikat Malaysia:マレーシア企業委員会)が、会社の法令遵守状況を継続的に把握するための仕組みです。Company Secretaryは、会社とSSMをつなぐ法的な窓口として機能しています。
Company Secretaryになれる人物・資格要件
Company Secretaryは誰でもなれるわけではありません。以下のいずれかの条件を満たした者のみが、マレーシアでCompany Secretaryとして登録・活動できます。
SSMに直接ライセンスを取得した者、またはMICSA(Malaysian Institute of Chartered Secretaries and Administrators)、MIA(Malaysian Institute of Accountants)などの公認された専門機関の会員資格を持つ者に限定されています。
加えて、会社の唯一の取締役(Sole Director)がCompany Secretaryを兼ねることは法律上認められていません。実務上も、独立性確保の観点から、外部の専門会社に委託するケースが一般的です。また、会社の唯一の取締役(Sole Director)が秘書役を兼ねることも不可とされています。これは、法令遵守の独立性を担保するための規定です。
実務上は、会計事務所や専門のCorporate Secretarial会社に外部委託するケースがほとんどです。マレーシアでSdn. Bhd.を運営する日本人経営者の多くも、信頼できる専門機関に委託することで、この義務をクリアしています。
Company Secretaryは実際に何をするのか
「名義だけではないのか」という誤解がありますが、Company Secretaryの職務は広範かつ具体的です。大きく分けると、SSMへの法定申告業務と会社内部の法的管理業務の二軸があります。
SSMへの法定申告・変更登録
会社に関するさまざまな変更事項は、規定の期限内にSSMへ届け出る義務があります。たとえば、取締役の変更・追加・辞任、株主構成の変更、会社の住所変更、会計年度の変更、会社名の変更などがこれに該当します。これらの申告手続きを担うのがCompany Secretaryです。
申告の期限は変更の種類によって異なりますが、多くは変更が生じてから14日〜30日以内と定められています。期限を過ぎれば即ペナルティの対象となるため、変更事項が生じた際には速やかにCompany Secretaryへ連絡することが求められます。
日本人経営者がこのルールを知らずに、「取締役を変えたけれどSSMへの届け出はあとで」と後回しにするケースがあります。しかし、マレーシアではそのような猶予はなく、変更と申告はほぼ同時に動かす必要があると考えてください。
法定帳簿(Statutory Register)の維持・管理
Company Secretaryは、会社の法定帳簿(Statutory Register)を整備・維持する義務を負います。具体的には、株主名簿、取締役名簿、株式の移転記録、議事録など、会社の法的状況を記録した文書群です。
これらは単なる社内記録ではなく、法律上の効力を持つ正式な記録です。SSMによる調査や監査の際に提示を求められることがあり、整備されていない場合は会社および関係者がペナルティを受けます。
取締役・株主への法令遵守アドバイス
Company Secretaryは、経営陣に対して会社法上の義務や期限を通知し、コンプライアンス上のアドバイスを行う役割も担います。「次の申告期限はいつか」「この取引はどのような手続きを経る必要があるか」といった問いに対して、法的根拠に基づいて助言します。
日本の感覚では弁護士や税理士が担うような役割の一部をCompany Secretaryが担っている、と捉えると理解しやすいかもしれません。
選任を怠った場合・義務を果たさなかった場合のペナルティ
Company Secretaryに関する義務を怠った場合、会社および関係者(取締役を含む)は会社法に基づく罰則の対象となります。
Company Secretaryを選任していない場合、または空席の期間が生じた場合には、会社と取締役の双方に対してペナルティが科される可能性があります。金額については制度改正により変動することがあるため目安として理解いただきたいですが、数千リンギット規模の罰金が課されるケースがあります。
また、法定帳簿の不備やSSMへの申告遅延についても同様に罰則の対象となり、遅延期間が長くなるほどペナルティが加算される仕組みになっています。「後でまとめてやればいい」という感覚での対応は、マレーシアでは通用しないと理解しておく必要があります。
さらに見落とされがちな点として、取締役個人も責任を問われ得るという点があります。会社が違反をした場合、その違反を知りながら放置した取締役は、個人としても制裁を受けることがあります。「Company Secretaryに任せているから関係ない」という認識は正しくなく、経営者としての監督責任は残り続けます。
Company Secretaryの変更・切り替え手続き
現在のCompany Secretaryを変更したい場合、または新たに追加・交代させる必要が生じた場合にも、定められた手続きがあります。
まず、新しいCompany Secretaryへの引き継ぎを確認した上で、取締役会の決議により変更を承認し、SSMへの変更申告を行います。旧Company Secretaryが辞任または解任された場合、その事実もSSMへ届け出なければなりません。
重要なのは、旧Company Secretaryが退任した後、新しいCompany Secretaryが就任するまでの空白期間を作らないことです。空席の状態が長期間続くことは会社法違反となります。
通常は30日以内に新しいCompany Secretaryを任命する必要があります。
実務上、Company Secretaryの変更は「合わなかったから変えたい」という理由で行われることもありますが、その場合でも法的手続きを正しく踏むことが不可欠です。変更を検討する際は、現在のCompany Secretaryまたは会計事務所に相談しながら、スムーズな移行を設計することをお勧めします。
Company SecretaryとSSMの関係を正しく理解する
Company Secretaryを理解する上で欠かせないのが、SSM(マレーシア企業委員会)との関係です。SSMはマレーシアにおける会社登録・監督機関であり、すべての法人情報はSSMのデータベースで管理されています。
Company Secretaryは、いわばSSMと会社をつなぐ公式な法的窓口です。会社に関するすべての変更・申告はCompany Secretaryを通じてSSMへ提出されます。逆に言えば、SSMが把握している会社の情報は、Company Secretaryが管理・更新していることを意味します。
取締役や株主が変わっても、それがSSMに正しく反映されていなければ、法的には変更が存在しないのと同じです。現実の会社運営とSSM上の記録が乖離している状態は、税務調査や銀行対応、コンプライアンス審査の場面で深刻な問題を引き起こします。
月次の会計管理とCompany Secretaryは切り離せない
Company Secretaryの業務は、一見すると会計・税務とは別の領域に見えます。しかし実務上、両者は密接に連動しています。
たとえば、株主への配当支払い、取締役報酬の変更、新たな株式発行といった経営上の意思決定は、いずれも会計上の処理とSSMへの申告が同時に必要になります。会計事務所とCompany Secretaryが連携していない環境では、この連動が抜け落ちて後日問題になるケースがあります。
また、法人税申告(Form C)の提出にあたっても、会社の登録情報が正確であることがSSM側からも税務当局(IRB)側からも求められます。Company SecretaryとIRBの情報が食い違っている法人は、そのこと自体がリスク要因になり得ます。
会計・税務・会社法コンプライアンスを一体として管理できる体制が、マレーシア法人を安定して運営するための基盤です。
まとめ|Company Secretaryは「法人の背骨」を支える存在
Company Secretaryは、マレーシアの法人運営においてなくてはならない法定役員です。「秘書」という名称から軽く見られがちですが、その実態は、会社の法的状態を常に正確に保つ専門職であり、SSMとの公式な接点です。
選任を怠れば罰則が生じ、業務が滞れば会社の法的信頼性が損なわれ、取締役個人の責任にまで波及する可能性があります。逆に、信頼できるCompany Secretaryと連携できていれば、法令遵守の面で経営者が安心して事業に集中できる環境が整います。
マレーシアで法人を設立・運営するにあたって、Company Secretaryは「コストとして外注するもの」ではなく、法人の骨格を支えるパートナーとして位置づけることが重要です。会計・税務と同様に、最初から信頼できる専門家に任せる体制を整えておくことが、長期的なリスク管理の第一歩になります。
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